浜辺に打ち上げられた白骨死体たち

 今日、同僚の画家が仕事を休んでいた。もともと出勤予定の日だったから、心配である。

 人生はRPGだから、と画家は言っていた。画家の母はとても彼女の画業を応援していたようだけど、父親には猛反対されていたらしい。「人生はちょうどいい塩梅に難易度設定がされていて、手放しで応援してくれる人はいつまでもそばにいてはくれないんだよ。だから母は早くになくなっちゃった」と言った。

 私のRPGにおいて、画家は特大ヒントをくれた。世界はぼんやりとしか行く末を指示してくれないのに、画家の直接的な言葉はネタバレレベルの大ヒントである。ミステリだったらアウトである。きっといつまでもはっきりしない私に世界がイライラしてるような気がする。RPGだったら隠遁した伝説の仙人のようなアドバイスをくれた画家だが、ゲームだと大体こういうキャラと死に別れる。だから私は、画家とはあんまりずっとはいられないような気がする。そりゃあ死に別れはしないだろうけどさ、画家が急にクライアントに呼ばれて南極に行っちゃうとかさ。さみし~。画家とはまだまだ一緒にいたい。

 でも、本当にこれで画家としばらく会えなくなったら、私の人生がまさにRPGで、私が行くべき道を選んでいることの証明になってしまうな。

 

 久しぶりに唇の皮むけが止まらない。顔を洗ったあと、剥けてボソボソになった皮が唇に張り付いていて、正直なんだか黒い。ずっと見ていると、赤い浜辺に打ち上げられた白骨死体群みたいである。いつものことなので、保湿して、あとは気にしすぎないようにしている。そのうち治るから。でもときどき、このまま唇の皮が剥がれ続けて、とうとう剥離する皮膚もなくなり、唇からとめどなく血を流し続ける人間になったらどうしようと思うこともある。食うことも話すこともできない生き物に成り果てるのか。

 

 五十年間住み続けた家を取り壊したときの母の様子を、娘がSNSに書いていたので、興味深く読んだ。夫婦で過ごした家を愛していたが、夫を亡くし、老いて、子と同居することになったので、家を取り壊すことにしたそうだ。五十年愛した家が失くなったときの気持ちを、私は想像することができない。この娘は、追記で、「一生あちこちを転々としたり、旅したりする人はいるけれど、どんなに自由に旅をしていても、土地に根を張って生きる人が生産したものによって生きていける」というようなことを書いていた。それは本当にそう。私も土地に根を張る人の作った米とか卵とかキャベツとか食って生きている。でもその代わり、私は土地に根を張らない人が作るものを作れるんじゃないかなと思う。

 両親が中古マンションを買ったんだけど、母と弟がリフォームに真剣で、私と父はリフォームに全く興味がない。私一人だったら、買った状態のままに住んだと思うな。母と弟は土地に根を張る人なんだと思う。そんな人たちが今まで賃貸アパートに住んでたのは、私が想像できないくらい辛いことだったんじゃないかな。賃貸のほうが合理的とか、そんなことは関係ないんだよね。本人の性質の問題。体に馴染む思想というのはあるよね。

 

 父、この一戸建てを建てて一人前という圧力の強い田舎を完全無視して、ずっと賃貸に住んでたんだよなあ。多分私寄りなんだよね。